誰にも頼まれていないけど、自分がやった方がいいと信じられることをやりましょう
タイトルはナコンさんの動画から引用しました。
https://youtu.be/BGgxcNrdqm0?si=HN2-MVG9hBFe58jB
このブログも最近は非公開にしてました。
私が18歳の頃に書いた文章は流石に恥ずかしいから……。
でも今も文章構成能力は向上してないのでこれからも恥ずかしい文章をたまに書いたりして生きていくんだと思います。
デジタルタトゥーでもいいんです。それでもインターネットに何かを残したいよな。
「誰にも頼まれていないけど、自分がやった方がいいと信じられること」
これは自分にとって音楽だと思ってます。
もしくは、このブログのような「自分の感情を好き勝手に出力したくなる営み」です。
感情を音楽にしたいんですよね。
辛かったこと、前を向いたこと、恋をしたこと、尊敬を証明したかったこと、全部形にするのが、自分にとってやった方がいいことなんです。
18~20歳の頃に比べて、今は音楽(ここでは作曲のことを音楽と言う)に執着はしてません。
20歳まではね、音楽が作れない自分なんて一切の価値もなくて、音楽を作ることだけが自分の存在証明で、音楽を作れなければ生きてる意味がないと思ってました。本当に本気で。
でも今は、なんかいい感じに大人になって、なんか絵も上手くなったし、なんか絵でお金を貰えるようになりました。
嘘です、ちょっと努力はしました。
でもほぼほぼ楽しんでたら絵の仕事が貰えるようになりました。
絵には別に執着も何も無いんですよねぇ……。
なんか人より得意だな、と思うくらい。
普通に楽しいと思ってるけど。
でもやっぱり、本気で愛した、本気で生きる理由だった音楽が、今の自分の1番の創作でないことにぼんやり違和感を感じて生きている。
別に、これからも趣味で好き勝手にやるとは思うんですけどね。
最近投稿した「尊敬の証明」みたいなのでいいかなと思ってます、しばらくは。
https://youtu.be/IuL9L9rFRVk?si=oXWAjXqKqBLsQVi5
この曲は、好きだった男性と別れたので作りました。
恋人としては上手くいかなかったけど、ひとりの人間としてこれからも尊敬し慕います、という気持ちを形にしたかったので、形にできて良かったです。
なんかいい感じに大人になっちゃったので、なんかいい感じに適当に音楽は作っていきたいと思います。
10代の頃の自分の純粋な創作物を、トーキョーライムというあの頃の名前でこれからも継いでいきます。
それが、誰にも頼まれていないけど、自分がやった方がいいと信じられることだから。
きんきょ~ほ~こく
どうも~
9月ですね~。なんか喋りたくなったので久しぶりに書いてみることにしました。最近もまた色々あったのでのろのろと書き連ねていきます。
その1 イラストを描いています
TwitterでめちゃくちゃRTしてるのでお分かりかとは思いますが、最近は死ぬほど絵を描いています!
きっかけはなんだったんでしょう。元々中高美術部出身で絵を描くのは好きだったのですが、まさか自分がイラストレーターになりたいだなんて、数年前は思ってもいませんでした。
でも、確実に私が「イラストレーターになりたい!」という気持ちにさせてくれたのは、イラストレーターの「さいとうなおき」先生の動画のおかげだと思います。
さいとう先生のYouTubeはよくあるノウハウ系動画なのですが、とにかくわかりやすい。そして何より「自分にもできそう!」って思わせてくれる所がすごいんです。さいとう先生の動画に出会わなかったら私は今イラストレーターになりたいと思っていませんでした。本当にすごい人です。
イラストを創作する上で意識を変えたことがあります。それは「自己表現をやめる」ということです。今まで、特に音楽制作は自己表現100パーセントでやってきました。自分の気持ちを如何に形にするか、自分の想いをどうやって相手に受け取ってもらうか。
しかし、それだけじゃダメだと気づくことができました。本当に、本当にそれを仕事にしたいなら、自分を押し付けちゃだめなんだなって。みんなが求めている、需要がある部分に私がみんなの求めているものに近いものを供給してあげるのがお仕事なんだろうなって思いました。
なので、今の絵柄は全然手癖じゃないんですよね。手癖で売れるような才能はないので……。手癖で売れる人ってほんとうにすごいと思います。私も昔はずっと音楽を手癖だけで売れようとしていました。でも私には無理でしたね。なので今度はみんなが好きなものに私が合わせてあげられるようなクリエイターになりたいと思ってます。
うまくできてるかわからないけど!!!知らんけど!!夢に向かって頑張ることが本当に好きなので、今だけ、大学を卒業するまでの数年間だけでも夢を見たいと思ってます。がんばるぞ。
その2 就活してます
やっております。こればっかりは逃れられませんね~。イラストレーターになりたいとはいっても、もちろん今の自分が食べていけるだけの収入はありませんので会社勤めの人になりたいです。
インターンとか、今3社ほど受けたのですが(全てオンラインだけど)、なんかどの企業も良く見えちゃうってありますよね!わかりますかね!?説明会とかインターンって基本会社の良いところしか教えてくれないので、「あの企業もこの企業も素晴らしいんだ!へえ~!」ってなっちゃいます。脳死すぎる。
あと、行きたかったインターンの書類選考で落ちたりもしました。結構志望度の高いところに落とされるとさすがに凹みますね。私はどうしても自分がクリエイターであることをアピールしたくなっちゃうんですけど、きっと世間はそんな尖った人間は扱いづらいだけなので……。自我が強すぎる自分がだめなんだ~!と反省する日々です。
業界や職種についてはクリエイター系はあまり考えていません。「イラストが描ける」とか「曲が作れる」以外の自分の強みを見つけたいですね。知らんけど。
その3 VTuberにハマりました
たのしいです!!ここ1年くらい、本当に熱中できる趣味がなくて、「ついに私もオタクとして終わってしまったんだ……」と悲しい気持ちになっていましたが、ちゃんとハマれました。よかった~!
配信とか切り抜きとかファンアートとか、ほんとに楽しい文化ですね。ニコニコです。
近況報告はこんな感じです。
あと1つ言うとすれば、イラストの方をお仕事をする関係で実名にしたので、より一層自分の行動に責任を持って生きていかなきゃな~!と思いました。品行方正に生きていたいものです。全然できてないけど。これからはほんとに。
なんか、このブログの過去の記事が高校生の頃に書いたものとかもあって恐ろしいですが、はてなブログが終焉するまで消さないでおきましょう。あえて。
明日も元気でそれなりに生きていくぞ~という気持ちで~す
トーキョーライムでした
日記:創作よりも楽しいものは沢山ある
創作よりも楽しいものは案外沢山ありました。
最近は曲も作らずイラストも描きませんでした。楽しいことが他にもあることを知ったからです。先程YouTubeを見ながら、昨日真っ黒に塗った自分の爪を見て、上から銀色を入れたらカッコいいんじゃない!?って思って爪を塗ったりしました。なんかそんなことが楽しいです。新しい服、知らない音楽や漫画、海外旅行やメイクアップのYouTube、服屋に行ったりお風呂に入ったり。なんか全部楽しいね。これが一般的な人生の楽しみ方なのかもしれない。
そう考えるとつくづく創作はコスパが悪い。何十時間もかけて1作品作って、世に出して快感を得ようとしても普通に見向きもされなかったりする。自分よりも上手い人がインターネットにごまんといて、全員自分の上位互換だと感じる。だから私が創る必要はない。その点、私はこの世界に1人しかいないので服を着たりメイクをしたり、自分自身を飾る方が意義がある。
「やっぱり自分には創作がないと生きていけない!戻って来れて良かった!」って思えなくても、それは幸せなことなんだと思います。
どんな形であれ、幸せに生きたいですね。
日記:日々にすてきを見つけよう
2月18日 夜
今日は、よかったかもしれない。まず早起きができた!いつもは11時か12時くらいに起きるけど今日は7時、とんでもなく早起きだった。
そして当然のようにニンテンドーダイレクトを視聴した。そのための早起きだ。一発目からゼノブレイド2とかいう人生で一番好きなゲームシリーズのキャラがスマブラに参戦するムービーを見た。早起きして良かった。ニンテンドーのオタクでよかった。
その後は朝ごはんを食べ、ずっとホムラとヒカリの絵を描き続けていた。完成したのは3時半すぎ。久しぶりに6時間ほど絵を描き続けた達成感で今日はなんでも出来る気がした。
なのでケツイを抱きリングコンを手にし、太ももにはレッグバンド。フィットネスとアドベンチャーの世界へと飛び込んだ。リングフィットアドベンチャーだ。
心地の良い疲労感を得たあとお風呂を沸かしてゆっくりと湯に浸かった。なんと気持ちの良い1日だったのだろうか。やっぱり早起きは三文の徳であり、鬱っぽさを吹き飛ばす魔法ではないかと思えた。今日は本当に心身ともに健康だった。毎日ニンダイやってほしい。
こんな風に毎日が健やかで気持ちよければどんなに素敵なのだろう。もしかしたら今までもたった4時間前に起きるだけでこの元気を手に入れることができていたかもしれない。早起きに希望を見出してしまった。
そういえば、以前フォロワーとの会話を元に朝マックの歌を作ったのを思い出した。もし明日早起きができたなら、朝マックを買いに行こうかなぁ。ハッシュドポテトが食べたい。
ただ毎日がすてきであればいいな。
明日も、日々にすてきを見つけよう。
日記:訳もなく夜は怖い
2月15日 夜
紅茶を淹れた。
こわいこわい。夜は怖い。ちょっぴり泣いた。何が怖いのか、何に怯えているのかもわからずひたすら塞ぎ込んでゆく。こわいこわい。
今日も何もしなかった。何も生み出さず生きてしまった。どうか殺してくれ。でも殺さないで。フラウィの泣き顔が頭によぎる。一体何に泣いているんだろう。何かが怖い。この世の全てに理由なんてない。
わけもなくただ夜は怖くなる。なにもかも不安になってゆく。特にお布団に入っている時はだめだ。今はこうしてまだ明るい部屋で椅子に座っているが、さっきはだめだった。お布団の中で電話をしていても向こう側の声は心に届かず、ただ漠然とした不安感だけが脳を襲う。たすけてほしい。たすけてくれ。
最近は寝つきが悪い。大体1~2時に寝て、10~11時に起きる。こんなクズが生きていて意味があるのだろうか。何度もそう思いながら生きている。
楽しいことがしたい。でもお金がない。友達にも会えない。友達もこわい。お買い物には行けない。電車にも乗れない。3日にいっぺん散歩に行くだけ。大学もない。今日も何もしていない。
ごめんなさい。意味もなければ伝える相手も理由もない謝罪文が形成されていく。頭ではリズム天国ゴールドのリミックス曲が流れている。おれはこんなにも苦しいのに、お気楽なものだ。
はぁ、だってあと2、3時間は眠りにつけない。その虚無の時間をどう過ごしたらいい。
あーだめだ、つかれた。
日記:どうしようもなく少女だった
2月14日 夜
あ~、酔えない。「酔いたい」というクズみたいな感情の為だけにお酒を飲むなんて、お酒さんに失礼なのだが、酔いたいんだ。吐くギリギリを攻めてみたい。
さて、無事にメンタル絶好調期を過ぎた我が身は、これから2週間ほどかけてゆっくりと最悪になっていく。これは言わば死へのカウントダウン、マインクラフトでマグマへの穴を一マスづつ掘っているようなものだ。ああ、憂鬱だ。いやだ。これからまたメンタルだめだめ期に入ってしまう。たすけてくれ。
「気の持ちよう」で世界が変わってくれればいいのに。幸い、身体はそこまで不調を訴えないのでまだマシかもしれないが。隣に置いてあったイーブイでも撫でよう。一生眠りから覚めないであろうこの子を。はぁ、触り心地がいい。
こんな気分の日にはぬいぐるみを愛でるのが1番だ。生きていないから、安心してこの身を委ねられる。息をしていないから、ずっと私の側に居てくれる。人間は生きているからこわい。今日もおれの知らない所で何か言われているかもしれない。アイツはやっぱり根性無しのダメ人間だな、とか。
はぁー、先のことは何も考えたくない。今はただ、イーブイを毛並みに沿ってなでなでする事だけでいい。
あぁ、部屋を見渡せばぬいぐるみ、漫画、ポスター、フィギュア、痛バ。そう、正真正銘の2次元オタクだ。
高校生の頃は自身がオタクであることが何よりもコンプレックスだった。自分はオタクでキモい陰キャだからバカにされたのだと。
それを当時通っていた個別指導の塾の講師に話したことがあった。彼はこう返した。
「今はコンプレックスかもしれないけど、これといった趣味もなく毎日死んだ顔で生きている大人は沢山いる。だから熱中できる物がある人の方が絶対いい。」と。
当時はそう言われても納得できなかったが、今ならわかる気がする。
そんな彼の趣味はと言えば、HIPHOPだった。それが私の好きなボカロよりも如何にアングラで日の当たらないジャンルかを熱弁されたりした。授業中に。彼も一種のコアなオタクだった。
そんなあの人の話をもう少ししよう。
古文の授業なのに、急にセクシャルな話をされたときはビビった。エッチなのとかそういうのではなく、この世の中には色んなセクシュアリティを持つ人が居るという話。「だからマイノリティを尊重しろ~」とか、そういう話は一切せず、身体の性と心の性と好きになる人の性は必ずしも一致する訳では無い、という事実を興味深そうに私に話してきた。
それがなんだか可笑しくて。だって、なんで古文の先生が自分の興味ある全然関係ないことについて熱弁してんだよ、って。
あと、SNSが嫌いとかいう反骨精神丸出しの話とかも聞いた。もう(推定)20後半から30くらいの立派な大人なのに。
そんな、どこか反発する若者のような成人男性に自身も興味津々になり、気がつけばそこには恋愛感情が芽生えていた。
そうはいっても、所詮は塾講師と女子高生。一方通行の恋が実るわけもなく、大学に合格し塾を辞める際に渡したLINEのIDとメアドも当然のように音沙汰がない。そんな、たった半年程度の恋だった。
その後なんやかんやで「新宿ネオンチック」とかいう失恋ソングも作ったりして。そう、私は女子高生で未成年。どうしようもなく少女だった。
私の名前、トーキョーライムという活動名は伝えてあったので、もし、もしかしたらこのブログを読んでいるかもしれない、なんて気持ちの悪い思い上がりはやめよう。
思い返したら、高校生活も全てが悪かったというわけではない。彼に恋をしていた数ヶ月は、キラキラしていた。
もし、いつかまた会えたなら、なんて今は考えずに、酒に溺れながらイーブイの頬を突っついて遊んでいよう。
日記:一人称とカッコよさ
2月12日 夜
今日はだめでした。だめだったらこれ以上だめになっちゃっても大丈夫なので、グラスをからからと鳴らしながらお酒を飲んでいます。
2、3週間前に開けた炭酸水なのでシュワシュワが弱い。たくさんシュワシュワしてる方が酔いやすいのに。おれを酔いと解放の世界へ誘ってくれ。
一人称が定まらない。多分、2年くらいずっと。
トーキョーライムとかいう外向けの顔、または借りてきた猫のような、電話に出た時の声がワントーン上がる母親のような、そんなアカウントでは大人しく行儀よく「私」と称している。
が、それはあくまで誰かにディスられないようにする為の策であって、本当はこの日記だってテキストに起こす前の殴り書きのノートには「おれ」を乱用している。それを全て「私」に直してから投稿している。
最初はノリで使っていた。なんとなく「おれ」と言ってみたら、いや、Twitterに書いてたらそれがあまりにも違和感なくこの身に浸透してしまい、以来気の知れた友人や恋人の前ではずっと「おれ」を一人称として話している。
男の子になりたいかと言われたら、半分そうで半分違う。男の子、男らしさとは私にとって「憧れ」である。私はどう頑張っても男の子にはなれない。だからこそ憧れて、男の子みたいにカッコよくなってみたいなぁと思ったりする。まぁ、以前書いた通り同性に対するトラウマも理由の一つにあったりするのだが。
でも、流石に鍵も付けていない公のアカウントで「おれ」を使用するのは気が引ける。20歳にもなって、もう中学生のような多感でブレやすい時期は過ぎたのに、立派な成人なのに「おれ」と称している女の子はどう思われるんだろうと思うと、やはり不安になってしまう。
元々18歳くらいまではずっと素が「私」で生きてきたのだ。高校時代もなんの違和感もなくスカートの制服を着ていた。だからこそ、私にとっての「『おれ』を自然に使える時期」というのは一過性のものかもしれないと思ったりする。
まぁ、こんなの私が1番気にしているだけで、他人はさほど気にしていないというのがオチだろうが。
プライベートな時間はてきとうに私でもおれでも、好きなように使って生きていこう。そうしよう。どちらかに絞らなければいけないという話でもないし。
あるフォロワーが私のことを「ライムくん」と呼んでくれている。初めてそう言われた時、かなり嬉しかった。私はTwitter上で「男性じゃなかったんですか!?」と間違えられることは多々あるので、彼女も初めは男性と認識していたかもしれないが、どちらにせよ君付けが嬉しかった。インターネットの世界の中だけでも、憧れの男の子という存在に近づけたような気がした。
本当の性別なんてどっちでもいいから、私はカッコよくありたい。自分が一番素敵だと思える格好をしたい。いつも担当してくれている美容師のお兄さんも、なんの迷いもなく刈り上げのカッコいいメンズカットにしてくれる。
あ~、おしゃれがしたくなってきた。最近人と会わなすぎてめちゃくちゃサボっているので、たまには美容院でセットしてもらった超かっこいい髪型と、お気に入りの服を着て、散歩にでも行きたい。
「おれが一番かっこよくて一番最強!!!」って思いながら、日々を過していきたいな。